田辺陽子

1988年のソウルから3大会連続オリンピックでメダルを獲得した田辺陽子さん。日本女子柔道を代表する一人として名を刻んでいる名選手でしたが、本格的に柔道を始めたのは大学に入学してからだと言います。「スポーツの価値は努力して自身が成長する過程にある」と話す田辺さんが考えるPLAY TRUEとは?

Profile

田辺陽子(柔道)
たなべようこ
1992年バルセロナオリンピック銀メダル
1996年アトランタオリンピック銀メダル
JADAアスリート委員
2013-03-21

田辺陽子東京都で生まれ、高校時代槍投げと砲丸投げでインターハイに出場。陸上競技で華々しい実績を残していた田辺さんですが、高校3年生の時に体育の授業で柔道と出会い、徐々にその魅力に惹かれていったと言います。

田辺:当時、女子柔道はメジャーな存在ではなく、初めの印象は「女子でも柔道をやるんだ」くらいだったと覚えています。でも、柔道着を着て投げたり、投げられたりするその神秘性に惹かれ、のめり込んでいきました。週に1回の授業だったのですが、前の週に習った技が、次の週に上手く掛けられるようになっているなど、柔道の動きが体に身に付いていくことが楽しかったですね。

そのうち陸上と並行して柔道の総本山・講道館に通うようになった田辺さん。一度は陸上の推薦で大学に入学するも、柔道に専念したいという気持ちが日々に膨らみ、他の大学を受験し直して柔道家の道を歩むことを決心しました。

田辺:初めは両親も反対していましたけど、「そこまでやりたいのなら」と最終的には応援してくれました。本格的に取り組んだのは大学からなので、周囲からの出遅れはありましたが、高校まで頑張っていた陸上は「走る」「飛ぶ」「投げる」を総合的に鍛える競技です。比較的、早い時期に試合で結果を出せたのは、投てきを通してバランスよく体を鍛えていたおかげだと思っています。

大学在学中に全日本で優勝。その後も実績を重ねていき、女子柔道が正式種目になる前に開催されたソウルオリンピック(1988年)の公開競技で、見事、銅メダルを獲得。閉会式で聖火が消されるのをみながら、「あの聖火が灯される次の大会にもオリンピックの場に立ちたい」と意気込みを新たにしたと言います。

そして、迎えた1992年のバルセロナ。新聞などの前評判で優勝候補の一角と目されていた田辺さんは、プレッシャーを感じながらも決勝に進出を果たします。

田辺:相手の韓国人選手も優勝候補の一人とされている強い選手でした。今でも覚えているのが、最後の30秒の戦いです。とにかくガムシャラに戦い、私が先に技を仕掛けて優勢に立った。その時点で「勝ったかな」と思って、時計を見ると、残り12秒くらいあったんです。「なんて長い30秒なんだ…」と愕然としました。結局、終了間際に今度は私が技をかけられ判定負けしてしまいました。

その後、畳から下りて控え室まで戻る時間になにをしていたのか、田辺さんは今でも思い出せないそうです。「あの時、30秒の長さに動揺した時点で私は負けていた」と振り返ります。そして、帰国後に待っていたのはメディアからの取材攻勢。国民の関心や反響の大きさもオリンピックならではだと実感しました。

田辺:記者さんが聞きたいことは、「次のオリンピックを目指すのか」ということ。次回は年齢が30歳になることもあり、私自身も迷っていたのですが、3ヶ月休んでも「よし、もう一度!」という気持ちが沸いてこず、現役引退を決めました。

「なぜ、スポーツに取り組むのか」の問い

田辺陽子引退後は筑波大学の大学院に進学し、指導者の道を目指していた田辺さん。しかし、現役選手の練習に付き添い、自身も体を動かしているうちに、「まだやり残したことがあるのではないか」という気持ちが芽生え、再度、オリンピックに挑戦することを決めます。

田辺:年齢も上がり、ブランクもあったので不安もありました。「これで負けたらどうするんだろう」と。でも「もう一度、挑戦したい」という思いを見て見ぬ振りして、自分の気持ちに嘘をつくことだけは、絶対に嫌だったんですね。体力が落ちた分は、メンタルトレーニングで補い、出場権を手にしました。

そして、1996年のアトランタで見事、銀メダルを獲得。バルセロナと同じ結果でしたが、悔しさばかりがつのった前回と違い、晴れ晴れしい気持ちで表彰台に上れたと言います。そんな田辺さんが考える「スポーツの価値」とは?

田辺:スポーツの価値は、努力して自身が成長する過程そのもの。もちろん、勝負なので負けることもあるけど、その過程に嘘がなければ、次のステップに繋げることができます。アンチ・ドーピングというと、薬や検査の知識を教えるイメージがありますが、「なぜ、自分はスポーツに取り組むのか」の答えを誰もが言えるようようになれば、ドーピングが悪いということは自ずと分かってきます。そういった教育を学校の場で行う取り組みが広がってくるといいですね。

陸上から、柔道。そしてバルセロナから、アトランタと常にそれまでの努力を「次のステップ」に繋げてきた田辺さんだからこそ、重みのある言葉。あなたも、「なぜ、自分はスポーツに取り組むのか」を今一度考え、トップアスリートを目指してください。